※当サイトはプロモーションが含まれています※
ダンスの豆知識

ヒップホップの起源や歴史!簡単にご紹介

ヒップホップの歴史と起源

そもそもヒップホップって何なのでしょう。

当サイトはヒップホップダンスについていろんな情報をお伝えしていますが、ヒップホップはダンスだけではありません。

ここではヒップホップの始まりや歴史についてちょこっと紹介します。

ヒップホップが好きな人やダンサーなら知っている内容です。

これから趣味でヒップホップダンスを楽しみたい!って人も、ヒップホップの歴史や背景を知ることでよりダンスへの理解が深まると思いますよ♪

ヒップホップの起源と歴史

ヒップホップと聞けば、「音楽(ヒップホップミュージック)」や「ダンス」を思い浮かべると思います。

間違いではないですが、ヒップホップとは「音楽」や「ダンス」だけを差すのではなく、それらを含めた「文化」です。

日本のヒップホップダンスの歴史と始まり
「日本の歴史」ヒップホップダンスの始まり今では日本で当たり前にあるヒップホップダンス。 このヒップホップダンスはどうやって始まったのでしょう。 ここでは日本における...

ヒップホップの歴史はこうして始まった

ヒップホップは1970年代にアメリカのニューヨークのサウスブロンクス地区(スラム街)から文化として生まれました。

その地域は生活が貧しくドラッグ(薬物)に囲まれた、ストリートギャングという犯罪集団が多い危険な町です。

そんな中で街頭や公園に集まりパーティー(今で言う野外フェスのようなもの)をするようになったのが、ヒップホップ文化(オールドスクール)の始まりです。

サウスブロンクスは1960年頃までは富裕層が住む地域でしたが、その後の大規模な都市開発や不況などにより急速にスラム化した地区です。 都市計画の一環として作られた市中高速道路「クロスブロンクス エクスプレスウェイ」は悪名高き高速道路として語り継がれ、ブロンクスの衰退の原因の一つと言われています。 市民の反対を押し切り、市中横断高速道路を作るために活気あるブロンクスの人口密集地を真っ二つに縦断し、地下鉄や数百の下水道などを破壊しています。 そのため多くを占めていた白人移民の住民は郊外へ出ていき、黒人やヒスパニック系の人々がほとんどとなり、当時のアメリカ政府は支援を打ち切りました。 サウスブロンクスは1970年代から1980年代にはギャングの活動拠点となり、ドラッグや暴力事件が多発するようになりました。

パーティーはブロックパーティーと呼ばれ、一つの街区の住民たちが集まって行うお祝いで祭りです。

このブロックパーティーがより身近なものとなり、公園などでDJがレコードを回して、独自のダンス(ブレイキン)を踊り、壁や建物などに絵(GRAFFITI)を書き、ラップ(MC)を披露します。

ヒップホップはこのブロックパーティーの中で発展してきた、音楽やダンスの文化です。

ヒップホップの歴史の元祖

ブロックパーティーでカリスマ的な存在だった人がいます。

「グランドマスター・フラッシュ」「アフリカ・バンバータ」「クール・ハーク」、この3人(DJ)はヒップホップの歴史の元祖と言われています。

このブロックパーティーでクール・ハークがブレイクビーツ(音楽)を生み出し、ブレイクビーツに合わせて踊るダンスをブレイクダンスと呼び、Bボーイ・Bガール(BREAK BOY・BREAK GIRL)と命名されました。

グランドマスター・フラッシュはスクラッチ技術の流布者、ヒップホップという言葉はアフリカ・バンバータが広めた言葉です。

※厳密にはラブバクスタースキーが「HIPHOP」と言っていた言葉を、彼の音楽に感銘を受けたアフリカ・バンバータが広めました

ヒップホップの文化はヒップホップダンスの歴史に通じます。

ヒップホップの4大要素と9大要素

ヒップホップの歴史を見てもわかるのですが、ヒップホップには4大要素があります。

「MC(ラップ)」「MC(音楽)」「BREAKIN(ブレイクダンス)」「GAFFITI(グラフィティ)」で構成されています。

この4つは「ヒップホップ」という文化と共に誕生した訳ではなく、「アフリカ・バンバーター」が一つの文化にまとめたものです。

ヒップホップダンスはニュースクールに分類されていますが、ヒップホップ文化の元祖はオールドスクールにあります。

オールドスクールは1970年代のストリートダンスの総称、それ以降をニュースクールに分類されています。

なので、MCやDJもそうですけど、ヒップホップ文化の始まりに深い関わりがあるブレイクダンス(オールドスクール)は、ダンスジャンルとして分類されていますが、歴史からヒップホップを構成する一つとなっています。

グラフィティはカラースプレーで壁や建物に絵を書くもので、ギャングの縄張りの主張や情報交換に用いられていました。

街中でグラフィティっぽい落書きがあったりしますが、グラフィティがでっかく書かれているダンススクールもあり、アートになっていますね。

そして、最初にヒップホップの4大要素を紹介しましたが、今では「知識」「ビートボックス」「ファッション」「言語」「起業精神」を加えた9大要素となっています。

ヒップホップはビックビジネスとなり、大きくなりすぎたヒップホップの正しい文化を守ろう、ということで9大要素が提唱されています。

「ヒップホップ = 不良」ではない

ヒップホップはアメリカのギャングと結びつきも強く、今も不良や犯罪のイメージが強いかもしれませんが、「平和、自由、平等」が根底にあります。

抗争で血を流さない為に銃や暴力の代わりとしてブレイクダンスやラップで優劣を競い、発展していったと言われています。

ヒップホップ=犯罪や貧困ではなく、当時(1970年代)は黒人に対する差別や偏見がまだまだあり、社会に対する意思表示の手段でした。

また、ICE-TやJAY-Zのような元ギャング、元ハスラー(密売人)という経歴を持ったアーティスト(ラップ)が沢山おり、「富を掴むための一つの手段」でもあるでしょうね。

ヒップホップの歴史のまとめ

定義が曖昧だったり諸説ありますが、ヒップホップの歴史について大まかに紹介しました。

ヒップホップの歴史はまだまだあるので、興味がある人は自分でも調べてみてくださいね!